資本主義経済の破綻

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3年程前に、欧州系外資証券会社で投資信託運用をしている大学時代に同じゼミだった友人と食事をしながら、「実態経済と株式などによる市場経済が乖離しすぎてはしないか?」という話を長い時間語り合った。
私は、年を経るたびにますます乖離していく状態に疑問をますます感じていた。人類の有史以来「物を作ったり得たりした人が、それを分け合ったり交換し合うことによって経済は成り立つ」という原理原則から金融技術をどんどん作り出した資本主義社会によって、実態とますますかけ離れてしまっていることに恐怖を感じていた。金融技術とは、将来の価値をいまに持ってきている技術論であり、リスクを算定する仕組みがベースとなっていると私は考える。すなわち、将来の価値が想定とずれたり、リスクを担保する仕組みが壊れると決壊してしまうという危険性を持っていると感じていたからだ。 しかし友人は、「人は過去の歴史に学び、それに対処する方法を身につけているから大恐慌と同じ現象は二度と起きない」「経済学者はあらゆる事態を想定して対応策を用意している」と常にポジティブ。詳しくきくと納得させられる部分も多くあり、誰かが新しい仕組みを思いつくと、政府など誰かがそれを補佐してきていることを多少理解することができた。 今回の米国金融不安を日本では「日本の住専バブルと同様の現象である」と説明している短絡的な報道が多いが、その実態を深く調べていくと異なることが良くわかる。今回の米国で発生したケースは、日本のオフィスビルなどでなく、個人の住宅であり、その資産価値算定が極めて困難であるということ。日本では不動産鑑定士によりオフィスビルの資産査定は、利回り算定や近隣価格などによりある程度のコンセンサスがとりやすく金融機関から悪化した不動産の除償がスムーズにいった。スムーズといっても、日本人のみんなが知っているとおり、それには長い時間が必要であったのは言うまでもない。米国においては、個人の住宅であり、その1つ1つの査定をするのは困難であり、全米の住宅の416件に1件が不良資産となっている現状、その量をだれが資産算定をすることができるのか。どれほどの時間がかかるのか。個人住宅は買い手がなければ、どこまでも下落してしまう。米国は国土が広く、空き家がでてきたブロックはすぐにスラム化して資産価値はますます低下してしまう。そんな地区の住宅は、だれも購入しない。まさにゴーストタウン。資産価値はないに等しいところまで下落する可能性すらある。 こうした住宅ローンを投資商品にミックスし、表面利回りを良く見せ全世界の金融機関に販売していたという。高い金利の商品はリスクが伴うことが世の中の常であったが、2000年頃から、CDS(Credit default swap)という今回の経済混乱となった仕組みが生み出されたのだ。これは、どんなにリスクが高い商品でも、ある程度の保険料を支払うことにより、損失が発生した場合は損失を補償するという保険商品だ。これを併用しているため、「金利が高く、リスクのない商品」として多く販売されてきた。 保険引受の最大手が、あのAIGグループなのである。投資商品を一番作っていたのがリーマンブラザーズ証券。今回の世界経済混乱の役者は、遂に表にでて破綻・国有化にならざるを得なくなったものの、こうした経済の仕組みは富士山型に破綻などが発生してくるため、AIGやリーマンの件は、頂上であったとすると、まだまだ続くことになるのだろう。AIGを破綻させてしまえば、このCDSによる補償がなくなるためますます金融機関が混乱するとの考え方から、救済することになったと見るのが正しいだろう。 現在、銀行間で短期の資金融通を行うドル建ての取引が成立しないという混乱状態にあるという。銀行間での資金融通は、日本国内でも日本円で活発になされていて銀行間でのキャッシュフローを安定化させてきた。もちろん日本銀行もここに介入して安定化に一役買っている。 現在、ドル建てで成立しないという異常事態とは、「どこの銀行も倒産するか怖くて資金を貸すことができない」と金融機関同士が相手をみているということで、先程の「信頼」というものが金融機関内で崩壊したと見ることができる。このため、世界10ヶ国の中央銀行(日本では日本銀行、米国はFRB)、65兆円(!)もの資金をドル市場へ供給することが決定し、日本銀行の総裁が23時半という通常では想定しえない時間に緊急の記者会見をするということをしても、米国の株式市場が777ドルも下落するという混乱ぶり。 米国の金融界は混乱のまっただ中だが、それが欧州、中国、インド、そして日本にも飛び火して、まさに貨幣経済の崩壊物語を読んでいるようだ。(米国財務省職員の方々は、どれだけの期間、帰宅できていないのでしょうね) 人は歴史に学ぶことはできていのるか。対応策ではなく危機を先のばしするテクニックではないのか。自分に子供がいないのなら、自分だけが将来に渡るゲインをすぐに取得できる金融テクニックに溺れることも理解できないではないが、人類がいますぐ滅びるのではなく、長く続くものと考えるならば金融テクニックに溺れることなく、物づくりの大切さ、人と人の心が通じ合わないと取引が成立しないという原点。それを守り通していくことが、今回の経済混乱の(後に恐慌と呼ばれるはず)今後の社会形成に最も必要なことではないだろうか。 ちなみにイスラム社会では、金利をとることはタブーとされている。なにか過ちをした場合には、無償の社会貢献で償うこととされている。これは最もな教えであるのではないか。イスラム教がどうのということではなく、お金とはそもそも物々交換をするというビジネスの原点において、物がない時に一時的に置き換えるための利便性を考慮して生まれたもの。だから、物質的な価値がある金貨や銀貨だったはず。だから、それをその手に保管しているからといって金貨が膨張して増えていく訳ではない。 鶏を飼えば卵が生まれる。その卵は売ることができるが、餌や世話が必要だ。鶏もいつかは天寿を全うするときがくる。 私は、お金は利便性があるためになくなることはないだろうが、労働せずして利益を生むという仕組みに、私たちはピリオドを打つべきと感じるのである。いま手元にお金がなければ、ルイビトンを購入できなくすれば、ローンに苦しむOLもいなくなる。経営者が商工ローンに苦しんだあげくに自殺することもなくなり、だれにも迷惑をかけずに会社をたたむ決心をすることができるようになる。 いみじくも現代社会では未曾有の食料危機に直面している。無駄な掲載消費活動により環境も汚染されてしまった。一部の人たちがパーティを続けたいがために、現在の仕組みを継続しようとしていることに関しては、人類の学習能力のなさに情けなく感じ、また有史以来つづいている帝国崩壊(資本主義崩壊)がまた起こるのだろうなと予想せざるを得ない。 昨夜、米国の女性議員が金融安定化法案否決についての演説にあった「Party is over(パーティはお終い)」の言葉がとても印象に残っている。まさにその通りなのだ。 米国民も物を作る楽しみに回帰しよう。住宅ローンがたくさん残っているのに、資産価値のあがった住宅を担保にさらにお金を借りて自動車を買ったり派手に遊ぶことは改めよう。なにごとも収入と支出のバランスが重要なのだから。これは、「実りがなければ、その実りの恩恵を得ることができない」という農業をしていると当たり前のことなのだから。 権利と義務のどちらが先に発生するのか? それも、実りのことを考えればすぐわかる。 義務を果たさずして権利を得ることはできないのだ。金融技術は、それを逆にしてしまったから、今回の事態が起きているのだ。それを金融・経済対策の名の元に税金を投入することには、私は大きく反対をする。 事態の解決にはならず、延命をすることにより事態を悪化させるだけなのだ。 日本の金融機関は公的資金注入で悪化しなかった? 国民は、少なくなった銀行窓口で不便を強いられることになったし、企業に融資をしなくなった金融機関ばかりになった。消費者金融を傘下にして国民を苦しめていないと言えるのだろうか?本当に、国民が負担を強いられていないと言えるのだろうか。 「身の丈にあった振る舞いをする」日本にはなんとすばらしい言葉や文化がたくさんあったのだろう。日本国民が率先をして目を覚まそう。

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